踏み台
踏み台って、嫌なことばだ。
私にとって。
17年ほど前、いろいろな状況が整うのを待って、それでも納得するはずのない私の実家とは縁を切り、そんな中、娘を授かった。
法律的な段取りをするのを、待つだけ、というタイミングで、彼の様子が変わった。
なにか、おかしい、と思った時、私が描いていた方向とは全く違う流れが出来ていて、もう軌道修正は出来なかった。
娘の誕生をあれほど喜んだ彼の実家も、私と娘とに、距離をとるようになっていた。
そして
僕はひとりで生きていきたいんだよね
研究したいからさ
とりつくしまもない、とはこのことか、と思った
そして、そのあなたの研究の為に、私と娘が堪えてきた事、時間は、なんだったのか。
私と娘の人生を踏み台にでもするつもりなのか。
予感はあったのに、取り乱して、そんなことを言った。
そう思ってくれて構わない
見る目がなかった
どんな立派な研究をしようと、人として最低だ、と、初めてパートナーを軽蔑した
私はいい。見る目がなかったんだから。でも、娘をどうするつもりなのだ。
月日は流れて、その間、私達は、それなりの苦労をして生きてきた。
彼は何冊も本を書き、世界に知れる研究者として生きている。
私達を「踏み台」にして。
大きくなった娘を眺めながら、思う。
彼は、黙って彼を支えた私達を踏み台にしたのだろうが、あの頃の私達は踏み台として、大したことはなかったはずだ。私の蓄えで、生活を整えただけで、莫大な財産や人脈などないわけだから。
でも、その後、親戚は勿論、実家からの援助もなく、夢中で娘と生きてきた日々。
それは、どんなに彼が足をあげても、爪先もかからないくらいの高さになっている、と信じている。
踏み台にされるほど、低い人生を送ってない。
いつか、彼は、後悔するのだろうか。
たった一人、彼の娘を産んだ私の人生と、何の罪もなく生まれてきた娘の人生を、「踏み台」と呼んだことを。
もう、後悔しようがしまいが、私達は、彼と違う世界に生きているのだけれど。
ただ、私に娘がいる、そのことだけは、感謝している。